読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

テーマが深すぎる……

映画 町田市

『沈黙―サイレンスー』を観る

非常に重いテーマの……

 この日、自分は町田市に縁のある作家・遠藤周作の小説を元とした映画『沈黙―サイレンス―を観た。

 

 事前情報は「遠藤周作の書いた、1640年頃の日本におけるキリシタン迫害を扱った小説を元とした作品」という程度だったが。

 遠藤周作作品の『海と毒薬』を読んだことがあった自分は「また重いテーマを扱った作品なのだろうなあ」と思っていたが……その予想以上に重かった。

 

 見た直後から、この映画に関する感想を書きたくて仕方がなかったが。

 一方であまりに重く深いため、どうしてよいのか悩み、結果としてかなり記事を書き始めるのに時間がかかったくらいだ。

 

 さて。  

 この映画では「信仰を持つがために拷問を受け命を落とす人々」や「自分が信仰を捨てないがために人々が殺されていく」という場面が何度も描かれていて。

 主人公のロドリゴという神父はそれに苦悩し続けるのだが。

 

 この事を単に「宗教や神のために死ぬなんて……」と果たして、多くの日本人は言い切ることができるだろうか?

 

 確かに、無宗教者の多い日本人にとって(実際は仏教神道に頻繁にかかわっているので完全な無宗教とはいいがたいのだが)「信仰のために死ぬ」というのは理解し辛いかもしれない

 だが、長年日本は「仕える者のために死ぬこと」を〈〉としてきたのではないだろうか?

 

 また現代でさえ、人が「なにも死ぬことはないのに」と言うのは実際に犠牲者が死んだ時であり。

 それ以前は辛いことから逃げると〈卑怯者〉〈裏切者〉のレッテルを貼る者がいることもまた。

「信仰のために死ぬ。何故なら捨てて生きれば〈裏切者〉になるから」という考えと近いのではないだろうか?

 

 などと考えて自分は「これは単なる宗教・信仰の話ではなく、日本人が持っている負の価値観の話でもあるのではないだろうか?」と途中から意識して観ていた。

 

 ただ一方で「信仰」を「自身の価値観」だとすると「自身の価値観を曲げて社会に合わせて生きるのと、自身の価値観のために社会によって死ぬのとではどちらが正しいかという問題にもなり。

 

 こちらだと価値観を守って死んでも仕方がないのではないか」と思えてもきてしまうので、事は「命が一番大事」という単純な問題ではなくなり

 

 正直「命より大事なものが果たして存在するのか」というのに、自分は素直に「ない」という答えが言えない自分は。

 果たして生きることと死ぬことのどちらが良いのかという問題をこの映画によってもまた、真剣に考えさせられたりもしたのだった。

 

 他、日本人の宗教観の問題で(少なくとも作中の)キリスト教は日本には根付かないという話も興味深かった

 

 気になったのは、例え話で日本を「沼地」としていたが。

 これは仏教を「蓮」に見立てたためそういっていたのか

 あるいはヨハネによる福音書の「一粒の麦」の例えと日本の気候(麦は高温多湿の日本では育ちにくい)とかけて例えたのか。

 

 映画では語られていないが、原作ではどうやら井上筑後守は元キリシタンらしいので、「一粒の麦」の例えを知っていて、そう言った可能性も高いのだが……。

 これは原作を読んで確かめてみたいところだ。

 

 しかし。

 話の見せ方として上手いと思ったのは。

 

 最初、キリシタンに対しての残虐な拷問や処刑を頻繁に見せることで「筑後守達は極悪人だ」と思わせておいて

 実は価値観的には現代の日本人に近いのは筑後守だったと後で判明するという展開だ。

 

 この映画を制作したのはアメリカのようだが、原作が日本の小説という事や、日本が舞台という事で日本人の視点を意識した結果そうなったのか。

 それとも原作が日本人の読者を意識してそう書いていたのか。気になるが。

 

 もし、最初から筑後守側の主張が描かれていたら

 もしかしたらキリシタンの方を「自らの価値観で死んでいく危険な集団」として観る可能性もある訳だが。

 

 この作品では、先に挙げていたように先にキリシタンに対しての弾圧が描かれていた事。

 更には筑後守側が物わかりのある人物に見えそうになると不意打ちのように残酷な場面が入る事などで。

 キリシタン側、筑後守側双方が危険な価値観で動いているように少なくとも自分には見えたので。そういった点がうまい見せ方だと思ったのだ。

 

 という訳で。

 この映画は是非観てほしい映画……ではあるのだが。

 PG-12指定のあるぐらい残虐な場面も多く、そういうものが苦手な人に迷わず勧められるかと言われると、ちょっと考えてしまう作品でもある。

 

 まあ、そういった場面がないと、おそらくはここまで強いメッセージ性を出すことができないのではないかと思うので、残虐だから悪いという訳ではないのだが……。

 

 この辺り、難しいところだ。