麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

人類愛憎

今週のお題「自己紹介」

〈狂人〉として生きる覚悟

 自己紹介という事なので。とりあえず、私が何故〈狂人〉を名乗って生きることにしたか紹介しておこうと思う。

 

 まず、私は小学校低学年時の担任に「問題児であるから、脳に異常があるに違いない」と扱われていた。

 そしてその後、11歳の時、母親が家事や育児などのストレスで病気になり、そのまま亡くなってしまった

 

 結果として、私は「自分のような異常な子供を持ったために母は死んだのだ。つまり私は間違って生まれたのだと思い、その後の人生を生きるようになったのだった。

 

 で。そんな自分が17歳の時に、友人に影響されて自分のやりたい事をやろうと決心し、美術予備校に通うことになった。

 

 だが、私はキャラクターを描きたかったのだが、何故か油画科を勧められ、更に自分の描きたい作風と全く違う作風を要求されてしまい。

 その上、担当の講師は私に対して「お前は才能がないから、期待はしていない」などと告げるような人間で。

 結果として精神を病んで、全く絵が描けなくなり、20歳の夏に体調を崩して受験を諦めた。

 

 で。

 その20歳の年の12月、精神的ストレスに加えて、何故かノロウイルスに感染して寝込んでいたのだが。

 そんなところに、先に登場した、私がやりたいことをすると決めるきっかけをつくった友人が亡くなったと連絡が入った。

 

 当然、より一層精神的には病んだのだが。

 一方で葬式に来ている周りの同級生は大学生や専門学校生か社会人になっている訳で。こちらも焦りが出た。

 そこで栄養専門学校に通うことにしたのだが……その年の夏、全くやる気が起きないというか、仮に無理して外に出ても体調を崩してしまうという状態になり、結果として留年した。

 

 翌年は何とか通い。二年に進級したのだが。

 その次の年にネットで自殺予告した人間を真に受けて、助けに行こうとして学校を休み、単位が足りなくなったので退学することとなったのであった。

 

 以降。体調を崩したり、精神を病んだりして。まともに職につくこともできず。

 結果、最終的に無職の状態で30代に突入したのであった。

 

 ちなみに、心療内科には19歳の時から通っているのだが。

 一向に回復する気配はないのであった。

 

 また、ついでに恋愛に関して言えば。

 母親が家事や育児といった、世間的には女性的とされるものが原因でなくなったためか、女性的な女性をあまり異性とは意識できなかったり。

 そもそも男性である自分が女性を独占することに抵抗感があるため、全く恋愛ができず、この歳まで彼女などいたことがないのだった。

 

 とまあ。こんな人生を送った私は。

 一方で、自分のように苦しんでいる者たちを救いたいと思い。

 もう一方で、私を追い詰めるだけ追い詰め、今度は差別する社会に復讐したいと思うようになったのであった。

 

 そこで。

 私は自らを〈狂人〉と名乗って活動することに決めた。

 実際、現状だと私は精神疾患〉があり、また今後の検査の結果次第では〈精神障害者〉になるのだろうが。

 

〈疾患〉や〈障害〉では健常な人間に対して弱いという印象がある事。

 一方狂人〉は〈強靭〉や〈凶刃〉につながり、強さや破壊性を匂わせる事。

 この点により、あえて〈狂人〉を名乗ろうと決めたのである。

 

 勿論。社会に復讐するといってもあくまで社会に対してメッセージを発信していくことが中心となるのだが。

 まあ、それでも指の一本、目玉の一つ動く限りはこの社会と闘うつもりでいるのだった。