麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

成瀬城とは何か?

町田市成瀬にも城があった!?

四条彦次郎という人物は誰なのか!?

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 この日は、町田市成瀬にある成瀬コミュニティセンターを今後利使用するので、その下見にいっていました!!

 で、その帰り道、成瀬駅に歩く方向に城山公園というのがあり。

 そこには成瀬城跡の碑が建っていたたりします!!

 

 この成瀬城。今はこの碑と井戸の跡などが残るのみでほとんど面影はないのですが。

 どうやら当時、東西は谷だったらしく、また北側には恩田川が流れているので、守りには適した場所だったのかもしれません。

 

 で、帰宅後、ネットなどで調べてみると。

 どうやら平安末期から鎌倉初期にかけて横山党の鳴瀬四郎太郎という人物の住居があったらしく。その後、横山党が没落した後に城が建てられたのではないかという話でした。

 

 ちなみに。

 戦国時代、この成瀬周辺は小山田弥三郎という人物が支配していた時期があり。

 この弥三郎は武田に従っている郡内の小山田弥三郎信有だとする説もあるそうです。

 

 この小山田氏という一族を調べてみると、秩父重弘の子である有重が町田市小山田を本領としたため、小山田氏を名乗るようになり。

 その後、甲斐の方で武田に仕えた郡内小山田氏となったようなのですが……。

 中々興味深いので、ちょっと個人的に調べているところだったりします。

 

 さて、この成瀬城の碑の側にあった看板によると。

 天文四年(1535年)のものと思われる経筒がこの側から見つかっており、そこには四条彦次郎という名があったそうです。

 この四条彦次郎という人物、ネットで検索しても、この成瀬城に関する文章しかヒットせず、一体何者なのか僕が調べた程度ではイマイチわからなかったりしました。

 

 町田の戦国時代に関しては、この先、市民大学でも扱うはず*1なのでその際に色々判ると良いかと思っています。

 

 市民大学の講義についてはこのブログでも紹介するので、その際は、よろしくお願いします!!

*1:予定では6月6日の講義で扱う予定となっています