麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

市民大学6回目

今回は公開講座!!

戦国時代の町田がテーマ!!

 この日は第6回目の市民大学でした!!

 今までこの市民大学の記事もかなり細かく書いていたのですが、今月からブログは軽くいくことにしたので。

 そういった感じで軽く書いていこうかと思います。

 

 ええと、まず最初に。

 今回の講座は公開講座で、いつもとは違う広い講義室でかなり多くの人が来ていました!!

 公開講座は今後も、おそらく来期以降の市民大学でもあると思うので、興味がある方、特に「通常の受講生として参加しようかとは思ったけど、どういう講義をしているかわからないから」というような感じで迷っている方は。

 是非、公開講座で一度参加してみてください!!

 

 で、今回から軽く書こうと思ったので。

 そのつもりで、あっさり目に行こうかと。 

 

 さて、最初に。

 実は僕は、中学時代までしか歴史の勉強はしておらず。

 高校の日本史は幕末以降だったので、歴史を勉強している人からすれば当たり前のことが多々知らなかったりします。

 

 で、その一つかもしれないのですが。

 どうやら関東で勢力を持っていた北条氏は、他の大名と違い、各地に書を送り、それにより人々(農民など)を支配していたという事でした。

 

 これにより、農民であっても〈読み、書き、計算〉ができるように広まっていったという事らしく、このことは江戸時代以降にも影響を与えているようでした。

 

 また、同じくらい興味を持ったのは。当時の人々は上からの命令に背くとかなり厳しい罰を与えられたらしいという事で。

 ものによっては妻子や牛馬を取るとか島流しにするというのもあったということでした。

 

 一方で学問が進んでいたという文化的な事ですが、もう一方では上の力が強くパワーバランスが激しかったのは、ある意味今と変わっていない気がしました。

 

 他、関東では土地の価値を〈石高制〉ではなく〈貫高制というお金に換算して計っていた事。

 また税金は質の悪い銭では受け付けず、質の良い銭で集めていたことなどは面白かったです。

 

 後は、町田ならではのエピソードとしては。

 現在、町田市には本町田〉と〈原町田という地域があり、現在は小田急とJR、両方の駅が原町田にあるので、原町田が栄えている*1のですが。

 この時代に本町田の人々が開発してできたのが原町田だったというのは面白かったです。

 

 そしてどうやら〈市(いち)を立てる権利〉でこの二つの地域は取引があったという事でした。

 これは原町田に移住した側が、本町田に畑を置いてきたことを理由に市を立てる権利を独占していたのですが。

 本町田側も市を建てたかったため、交渉の末、月6回のうち半分ずつに分けたということでした。

 

 この原町田、本町田については。

 町田市の外から来た人に「何故、栄えている方が〈本〉ではないのか?」と聞かれることも多かったので、今後は説明出来るようになったので良かったと思っています。

 

 さて、次回の市民大学は。

 バスによる見学ツアーとなっています。

 このブログでも紹介するので、よろしくお願いします!!

*1:ちなみに、町田市民が日常で「町田に行く」といった場合、大抵この栄えている原町田周辺に行くことを指す