麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

市民大学8回目!!

江戸時代の村と百姓

地元の農民は何をしていたのか

 この日は第8回のまちだ市民大学HATS「町田の歴史I」講座がありまして。

 ただ、この記事自体は実は2017年8月23日に書いているのですが。

 まあ復習もかねて、配られた資料と自分がとったメモから感想を書こうかと。

 

 この日の講義は野津田村年代記の内容を元に享保の町田の農民について学ぶというもので。

 野津田というのは現在もそのまま地名がありますが、中世では「野蔦」という名称だった場所で。

 現在はサッカーのFC町田ゼルビアのホームスタジアムがある場所でもあります。

 

 で、そもそも歴史に疎い僕は。

 領主、名主、組頭、百姓代、年寄などがそれぞれ具体的に何をしている人なのかが実はよくわかっていなかったのですが。

 まあ、今回の話だと領主が名主に指示を出し、名主がさらにその下に指示を出す

 程度理解していればわかるような話でした。

 

 ただ当時、領主からの指示は文章で来るもので。

 名主は人生に1回くらいしか領主と直接会うことがないという話で。

 結果として名主は文章と論理だけで領主とやり取りするために、文章力と計算力が高くなければ成り立たないという事でもあって興味深かったです。

 

 また、一つの村でも数人の領主が支配していることもあり。

 その結果、同じ村人なのに年貢が違うなどの問題が発生したりもしていて。

 誰が旗本領になるかなどをくじ引きで決めていたそうでした。

 このくじ引きというのはお寺などで行い、結果は神仏の意見という形であったらしいのですが。一方で、そんな役割を引いた村人を他の村人が支援するという形もあったようでした。

 

 おそらく農業が共同作業でやらないとならないため、誰かが損をしたまま助けないでいると村全体が成り立たなくなるというのがあったと思うのですが。

 現代社会だと誰かが損をしたとして、その人を助けなくても社会が成り立ってしまうため、ちょっと今と違うかもしれないとは思いました。

 もちろん、当時は当時で犠牲になる人もいたのでしょうが。この点に関してはちょっと考えたいところです。

 

 あとは元禄地震や宝永の富士山噴火、その他飢饉や洪水などについても書かれていて。現実的な対策のほかに、お祓いなどの儀式も行っていたのが興味深く。

 

 非科学的と言えばそうなのですが。

 儀式や祈祷のために経済が活性化したとか、他の地域との情報交換ができた、あるいは儀式として行っていたものが衛生学的も効果があったなどと考えていると、別の点で人々を救っていた可能性もあり。

 

 僕個人としては、この手の信仰や宗教的なものは、現代なら社会科学や経済学、衛生学などに分類されるものを扱っていたのではないかと思っているので。

 実際、現代の科学的にみたらどういう影響があったのか、ちょっと知りたいと思いました。

 

 この呪術や魔術、信仰などと現代科学の共通点は歴史や文化を扱っていると毎回気になっているところなので。

 今後、機会があれば調べてみたいと思っています。