麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

人類の穏やかな滅亡を願って

憎悪と憤怒と嫉妬

あるいは愛と正義と平和

 どうも8月頃から……と思っていましたが、4月15日の記事大体似たようなことが書いてあったから、最近の思いつきでそう言っているだけではないようなのですが。

 最近、また人類を滅ぼしたいと願うようになってきています。

 

 理由は簡単で、人生には苦しみの方が多く、そんな世界に生まれてくることは不幸以外の何物でもないので、これ以上そういった不幸な人が誕生しないために滅ぼしたいというのがひとつ。

 あるいは世界平和を実現するためには、人類の存在が邪魔だから滅ぼしたいというのがもう一つです。

 

 前者に関して。

「楽しい事もある」という意見もありますが。

 それは奴隷に対して、一時的に娯楽を与えているから問題ない」というような価値観で、人生全体が苦しみに満ち溢れている事には変わらないと思っており。

 また「幸せの方が人生に多い人もいる」となれば。

「一部の人が苦しんでいても自分たちが幸せならば良いとなれば奴隷を利用して一部の人だけが幸せになっても良い」と言っているのと同じことだと思っています。

 

 あるいは「苦しみの中で生きる価値がある」などという人もいるでしょうが。

 その人がそういう思想で生きるのは勝手ですが、例えば子供を持つなどをして、その価値観の世界に強制参加させる事は間違っていると私は思っています。

 

 また後者に関して。

 どうも調べてみると、この手の意見は〈フィクションの中の設定〉か。

 あるいは「世界平和のためには人類を滅ぼすぐらいしかないから、諦めよう」という価値観で。

 人類の存続よりも世界平和の方が価値があるという人がほとんど見当たらなかったりしていました。

 

 で、自分が今後していきたいことは。今のところ。

人類がこれ以上苦しまないために、人類滅亡を願う」か「自分勝手に生きて〈他者の幸福〉とか〈人類の未来〉のような事には関わらない

 というどちらかになるかと思っています。

 

 正直、自分が幸せになることを放棄した状態で、他人の幸せのために行動しても、実際に幸せになった人を見て憎悪や嫉妬が沸いてくるだけで満たされず。

 また人類が滅んだ方が良いという価値観の状態で、まだ生まれてもないような未来の子孫の事を考えて行動するのも辛くなるだけでこちらも満たされません。

 

 自分勝手で自己中心的で自己満足な生き方と非難されようとも。

 社会が幸福〉や〈未来〉になんの魅力も感じないような状態の人間を生み出し、放置していることが悪いとさえ思っています。

 社会のせいにすることが問題だとしても、問題があって何が悪いとさえ思えます。

 

 で、何故急にこんなことをまた書いたかと言えば。

 この日、イベントの顔合わせに参加していたのですが。それなりに幸せそうな人たちを見てまた、自分には一生手に入らないという感情が沸いてきていて。

 これについては8月24日の記事に書いていますが。

 結果として、そのイベントへの参加を見送ることにしたというのがあります。

 

 正直、今後例えば美術のグループ展、同人イベント、あるいは今までやっていたローカルヒーロー関連の集まりなどをどうしていくか

 全てをやめて、人類の穏やかな滅亡のためを願い続けるためだけに活動するよう、変更した方が良いのではないか?

 

 今はそう思っています。

 

 さて、そんなわけで。今回のイラストです。

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 今回のテーマは「愛は呪い(のろい)」です。

 最初にハートマークをひたすら描いて、その中を呪いを込めて模様で埋め尽くしました

 

 普段模様を描いている際は、特に何も考えておらず。

 テーマとしては「そもそも〈意味〉や〈目的〉が必要なのか?」ということ自体をテーマにしているのですが。

 今回は、愛というのは時に自他共に絶望させる危険な感情であるというのを表現しようと思い、描いていました

 

 まあ、表現が上手くいったかは知りませんが。

 愛は力ですが、力とは持つ者や向けられた者を時に破滅させるのだというのは覚悟した方が良いというのが伝わればと思っています。