麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

〈みんなの事を考える悪〉と〈自分勝手な正義〉

果たしてどちらが正しいか

〈正義〉に縛られて〈自由〉を失う

 前回の続き。

 

 とりあえず前回というのは人類をこれ以上苦しまないために滅ぼしたい」という価値観を持っていて、しかし一方で「他人の苦しみなど興味を持たず、自分勝手に生きたい」とも願っているという話でした。

 

 で、これについて。今日もまた考えていた。

 というより、ついに精神的に参ってしまい*1、引きこもりや精神問題を抱えた人が通えるカウンセリングなどを行う団体に行って相談してきたのですが。

 その際に、今までの自分の人生と、現在の価値観を話したため、その帰りにまた悩んでいた。

 

 のですが、実のところ後者の「自分勝手な生き方」の方が、他人から見たら正義とはいえないまでも正義寄りになる可能性が高いと気が付いたのでした。

 

 自分の価値観のうち前者である「人類を滅ぼす」について。

 僕自身がヒトである以上*2同類の滅亡を望むことは辛いことですし。

 また、大抵のフィクションにおいては「人類の救済や世界平和のために、人類を滅ぼす」というのは悪役側の価値観で、それを見て育っている自分は「自らの行為は悪である」と感じたままその行いを進めないとならないという点でも辛いのですが。

 

 それでも、自分を犠牲にして人類を救うために、人類を滅ぼす。

 しかもそれは世間一般から見たら〈である。という事になる。

 

 が、一方。僕が「人類の未来など知ったことか」として生きても。

 少なくとも文化や芸術、自然については、僕が生きている限りは存在して欲しいので保護活動には参加する。

 また、僕自身が被害に遭わないために防災や防犯といった活動も行う。

 さらに目の前で苦しんでいる人を見捨てるのは僕自身が不快なために助けに向かうとなると。

 

 動機は完全に自分勝手で自己満足、自己中心的ですが、自分の好きなことしかしていないので、行動自体がストレスになることは少なく*3

 世間的には「人類を滅ぼすといっている人」よりむしろ〈善良な人間になるという事です。

 

 で、さらに問題なのは。

 仮に人類を滅ぼすといっても、フィクションではあるまいし、世界中を滅ぼせる兵器を手に入れたり、呪いなどの非科学的な方法で滅ぼせる訳もなく。

 できることと言えば。

 

「人類の文化、芸術、学問の保護発展、あるいは自然保護、政治や思想などについて真剣に考えること、また子供を持つこと、教育することは人類を栄えさせる悪であるから止める事」

 

 と主張することぐらいだと思うのですが。

 これを主張すると、この意見が反面教師となり「こういう活動に参加しなければ人類は滅んでしまう」と意識されることになる。

 下手をすると、元の主張が〈人類滅亡〉と過激なため、普通に〈人類の未来のために〉と主張する以上に広まってしまう。

 

 また、仮に人類を滅ぼすような思想を広めたり、煽ったりしても、それが危険思想や過激思想ならば当然反対派が多数沸いて、潰されてしまう。

 と、なると「人類が栄えるために有用と思われ、それが多数に指示されるが、実際には危険な思想を世界規模で広める」ということになり。

 

 しかし、世界規模で広めるという事は、世界レベルで優秀な人間が目にしても問題点に気が付かないような高度な思想を作り出す必要性があり。そんなことが私のような凡人にできる気がしない。

 というのもあります。

 

 と、こんな感じで。

 人類滅亡の計画は、二つの意味で問題を抱えているとなったというのがあります。

 

 ただ、心残りなのは僕には「まだ産まれてもいない、名前も顔も知らない者が、このような悲惨な世界に産まれて苦しんでも関係ない」と言い切ることができないことです。

 

 普通の人間なら「良い世界にすればよい」とでもいうのでしょうが。

 僕にとって、この世界は悲惨な世界であることが当然で、それ以外の世界など知らないのでどうしようもない。

 

 さらに言えば、人類が存続すれば子孫には必ず、事故や災害のような、人間にはどうしようもない不幸に見舞われたり。

 そしてどんなに足搔いても〈人類最後の人〉になってしまう人、あるいは人々が現れてしまうという事です。

 

 この人類最後の人〉については、実は中学時代から悩んでいて。

 その際は授業の内容の関係もあって、国語の教師に「人類は滅び、宇宙さえ終焉を迎えるのに生きていて何か意味があるのですか?」と訊ねた記憶があったりします。

 まあこの教師の回答は「それは考えてはいけない疑問だ」というもので、何の解決にもなっていないから、現在もこうなっているのですが。

 

 ともかく、こんな感じで。今後どうなるか……気になることです。

 

 最後に。自分の制作していたローカルヒーローなのですが。

 

 実は主人公の設定が「過去に旅先で、喧嘩に巻き込まれた友人を助ける事ができずに亡くしてしまい、自己価値が低く〈みんなの正義のため〉なら命すら投げ出しかねないとなっていて。

 一方ライバル的なヒーローの一人には「世界を守るためという理由で、周囲に〈正義の味方〉であることを押し付けられ、家族を人質に取られているというものもいたりしました。

 

 結果、自分は作品において。

〈正義〉に縛られ〈自由〉を失った登場人物を中心として描いているのですが……。

 これが自分の悩みと非常に近い気がするのが、興味深いところです。

 

f:id:mugiryu:20170920224338j:plainちなみに、カウンセリングの相談の後に付近の喫茶店で描いていました。 

*1:カウンセリングできる団体や、精神疾患を扱う団体はいくつか行っているのですが、場所が遠かったり、相性が悪かったりと定着せず、ようやく精神問題を扱う地元の団体を見つけたという状態です

*2:人類を滅ぼす以上〈人間〉あるいは〈人〉を名乗るのはおこがましいと思い、ホモ・サピエンスという意味でカタカナで表記しています

*3:もちろん行動の障害がストレスにはなるかと思いますが、それは人類を滅ぼそうとしても同じ事だと思います。むしろ、滅ぼす方が障害が大きいと思われるので、より一層ストレスは高いかと