Eternal Medium Second Chaotic Room

ただの中二病だと思うなよ!!

色々読書した

哲学系の本を4冊

考えることは好きというより止まらない

 さて、この前から4冊の哲学や思想関係の本を読んだのですが。
 4冊まとめて感想を書こうかと。
 
 で、実のところ、僕自身はこういった哲学の本などの〈紹介を書くのは苦手で。
 というのも、僕の意見で書くとそれはあくまで〈僕視点の良し悪し〉であって、偏りが出るからなのですが。

 

 なので、今回のはあくまで感想〉であって〈紹介〉ではないです。
 もし、興味がある方は是非、自分で読んでください。

 

1冊目『人はなぜ存在するのか』


 この本は、個人的には2つの点で参考にはなったが、内容自体はあまり参考にならなかった本で。
 その2つというのはこの本基準だと多くの人は「なぜ死ぬのに生きるのか」が悩みであって「何故、子供が苦しむのがわかって(あるいは予想できて)作るのか」はあまり悩んでいる人がいないという事と。


 現在でも一部の寺院や教会なら可能かもしれないけれども、今の宗教は大体「前の人の教えを引き継ぐ」であって、自らが修行したり旅をしたりはしない気もする*1という事で。

 

 前者に関しては、改めて「自分は少数派かもしれない」と思い。
 後者に関しては「宗教は信仰していないが、古代の宗教家には共感できるので、自らも旅をするべきでは?」と思ったというのはあります。

 

 が。参考になったのは内容と言っても、むしろ「書いてないから参考になった」という感じなので。
 この場合も「行間を読んだ」というのかなぁ……。

 

2冊目『闘うための哲学書』


 これは結構面白い本で。

 二人の方の対談で、一方が現実主義、もう一方が理想主義という風に言っていたのですが。
 これに関してまず「自分は理想主義だと思っていたけれど、もしかして現実主義なんだろうか」あるいは「そもそも〈主義〉を掲げるのは正しいのか?」というのを考えたのと同時に。
「この人たちが全く違う価値観なのに、対等に討論できるのは教養あるから? 本にするという理由? 面と向かい合っているから?」と。

 ネットとかなら絶対に「お前間違っている」の言い合いになるよなぁ……なんて思っていました。

 
 で、この本は過去の哲学者や思想家の書と、それに合わせたテーマについて2人が意見を述べるもので。
 自分のとったメモを見るとかなり細かく「これはどうなのか?」みたいのを書いているのですが……。
 全部書くと大変長い記事になってしまうという……。

 

 例えば〈自己愛〉〈利他愛〉というものに関して。そもそも他人を愛するときに〈相手に幸せになってほしい〉と願うのは自分の精神を満たすという意味では〈自己愛〉にあたるのではないかとか。


「国家が個人の幸福を実現するために形成する」という意見があったが「国家は個人が不幸にならないようにする」程度で幸福が実現できる必要はないのではないかとか。


 ロックについての話題で〈労働〉により〈所有権〉が認められる場合、強奪したものは所有権が認められないとしていたが。

〈強奪〉という行為が〈労働〉ではないとどうやって証明するのかとか。

 

 世界平和のための世界国家の話題を見ると、内乱がおこるだろう。テロリストみたいなのを止めるのは無理ではないか? と考えると同時に。


 昔流行った世界がもし100人の村だったら』を読んで。

「そもそも100人程度の、みんながみんなを知っている世界なら、今みたいな形の争いは起こらないし、誰かを傷つけたら村八分にされるから事件を起こす人自体減るだろう」と考えていたのを思い出したりもしました*2
 
 さらに「違いを認め合って、お互いに協力する社会」のために「理性を本能より先立たせる教育」という話題があったのですが。
 なんかけものフレンズ*3の逆のような気がする、あのアニメだと本能は大事にしていたが、結果的に違いは認め合っていて、お互いに協力していたし」とかも考えたりしていました。
 まあ、なんか「人類の理想的な世界を生み出すためには、人類という理性ばかりを重視する存在*4は滅んだ方が良い」と考えることもできますが*5

 

 そして1900年代辺りからの哲学や思想になると現代の価値観に近いというのがあって。


 個人的にレヴィナスの「顔」と他者についての部分は特に共感できて。ニュースとかで事件などの死者が何人と出てもあくまで数値なのですが。
 実際にはそれぞれの人生があったのが死者の数、終わっているとどれだけの人が意識しているか……いや、正直桁が大きいと僕自身「意識しています」と言えない感じなのですが。
 ただ、逆にここには「目の前で人間が苦しんでいたら、とりあえず同情します」くらいの救いもあるんですよね……。


 この問題だけでも先の〈世界国家あるいは世界連合による世界平和〉はそもそも成り立たないのではないかと思っています*6

 

 アーレントの「陳腐な悪」という話は、この前の映画『ワンダーウーマン』が丁度そんな感じの内容を扱っていたので、事前に読んでから映画を見ていたため、面白かったというのがあり。
 知識というのは、知っていると作品をより深く楽しめるのだと思ったというのがあったりします。

 

 あとロールズの『正義論』の話題で出てきた無知のヴェール〉って可能なんでしょうか?
 例え記憶喪失でも、一般的な知識などさえ消滅していない限り、何らかの意見に偏っている気がしますし。

 そもそもどこまでの価値観が、例えば僕ならば「男性である」とか「日本人である」という事に影響されているかがわかりませんし。
 逆に何も偏っていない、状態ならば今度は〈無知のヴェール〉という意見自体を持っていないのではないか……と。

 

 最後に西田幾多郎のところで上がった話題で「言語と哲学」というものなのですが。
 言語が違うと思考全体も違うというのがどのくらいのものか。理屈的には結構前から知っていて、気にはなっているのですが。
 まあ、例えば「蝶と蛾を分ける文化と分けない文化」「海のカニと川のカニを分ける文化と分けない文化」というような話でもあり。
 また文法が違えば、考え方も違うという感じなのですが……。

 

 と、こんな感じで楽しんでいましたが。
 結局この本でも「人類存続の善悪」には触れていませんでした。

 

3冊目『考える人とおめでたい人はどちらが幸せか』


 この本は、最終章でちょっと「え? その程度の考えなの?」と思ってしまいました。自惚れかもしれないのですが、思ってしまったのだから仕方がないです。
 まあ、最終章だから逆にすべて読んでしまったのですが。

 

 なんかライトノベルの書き方で「竜頭蛇尾でも読者は、一度読んでしまえば最後まで読むから構わない」みたいな事が書いてあったのを見たことがありますが。
 実際に読まされると「後味悪っ!!」という……。

 

 まあ、この本は1日に1つのテーマという形で7日分の内容があるのですが。
 面白かったのは「神を信じるべきか?」だけで。これは神という人間より上位の存在を扱っているからかもしれないのですが。
 結局上位の存在について、人間程度が存在証明もできなければ、存在否定もできるはずがない」と思っている自分には納得できる回答*7でした。
 なんか「人間程度が――」に関しては、藤崎竜さんの「天球儀」という短編を思い出したのですが(もしかしたら別の漫画だったかも)。

 

 で、何故最後の章である「幸せな死はあるのか?」に不満かと言えば。
 一番の問題はショーペンハウアーについて。

 彼は人生を「苦痛と退屈のあいだを揺れ動く振り子のようなもの」と言っており。
 晩年には「この地上から旅立つ恩赦が下った時、私は使命を成し遂げたことを自覚し、喜んで死を迎える事だろう」と残しているのですが。

 これに関して著者は使命を成し遂げたことを喜ぶのなら人生は苦痛と退屈だけではなかったという事になるから矛盾していると解釈しているのですが。
 それは曲解だろうと。

 

 例えば「半日穴を掘り、半日で埋める」という拷問を聞いたことがありますが。
 これをやり終えて「使命を成し遂げた。もうやらなくていいから喜んでいる」と聞いて「やっぱりあの拷問には喜びがあるんだ」というのかという事です。

 

 あるいは、そもそもの「苦痛と退屈のあいだを揺れ動く振り子のようなもの」でさえ、苦痛と退屈のあいだに喜びはないとは書いていないではないかともいえます。
 この場合、ネガティブな捉え方をしたら「喜びは間にあるが、それも苦か退屈に進む過程でしかない」と捉えられるので、喜びを認めてはいても、肯定的ではないですよね。
 これは僕が前に書いた「不味い珈琲という世界を飲み干すために、文化芸術あるいは娯楽という砂糖やミルクが必要」に近いかもしれません。

 

 まあ、他にもこの章だと死が良いことなら殺人は良いことになると言っていますが。
死(無になる、あるいはあの世に行く……など)」と「死を引き起こす現象(怪我など)」は別物で、死に至るような怪我を与えた事が問題ではないか、あるいは本人の意思とは無関係に他人の意志で死を引き起こしたが問題ではないかとか*8

 色々言えると思います。
 
 あと、書いている方がフランス人らしいのですが。
 ガネーシャは直接的に仏教の神かと言われると「元がヒンドゥー教の神で仏教にも一部取り入れられている*9」もので、仏教の例えに出すのはどうなのかとか。
 そして東洋的な価値観は西欧人には受け入れにくいとして考えるのをやめたら、そもそも地域限定の価値観であって、哲学ではないのではないか……なども指摘したいです。

 

 とまあ、正直。
 この章が一番「人類は存続しない方が良くないか?」に関係ありそうだったこともあって期待していたので。
 かなり困惑し、普段読んでいる本の内容を読んだ時にツイートはしないのですが、思わずツイートしたくらいです*10

 

 最初「フランス人の哲学者が悪いのではなく、翻訳が誤訳なのではないか」とも思ったのですが。
 だとしても、この章だけあまりに問題だと。

 

4冊目『残酷人生論』


 文句を1つだけ言うならば「何が残酷なんだ? 読んでいてどんどん元気になったんだが」というだけです。

 

 正直、よくわからない部分も多かったのですが。あまり人生についてよく書いてあるわけでもない
 また人間について優れた存在として書いてあるわけでもないのですが。
 むしろ僕は「人間なんてたかが知れる」と思っているので、読んでいて「そういう考えを持って生きていてもいいんだ」と元気になった感じです。

 

 強いて言えば考える事」をやや正当化している気がするのですが。それはまあ、意見の相違程度です。
 まあ、個人的に哲学者や思想家みたいな人が「考えるのは悪い」と言っているのをあまり見ないのが残念で。
俺たちは、考えるという悪いことを捨てられない、愚かな奴らなのさ」くらい言ってのける哲学者や思想家と会ってみたいくらいなのですがね。

 

 と、こんな感じで。
 4冊読んでいました。

 

 今後もまた哲学や思想の本を読みたい……ですが、ちょっと考える方向性をあえてやめたいので。
 文化、あるいは民俗学という意味でオカルト的な本でも読んでいるかもしれません。

*1:これに関して、宗教が誕生した当時の人と現代の人では価値観が違う。すると宗教の教えという〈鍵〉があっても〈鍵穴〉に合わないので人生の意味などにはたどり着けないのでは? もちろんその〈鍵〉から自分に合った〈鍵〉のありかや形を推測はできるかもしれませんが。とも考えています。あるいは教えの方が正しくても、こちらがそれに対応できる精神まで成長してないと、理解できないのかもしれないのですが

*2:この件に関しては弟が「世界に100人しかいなかったら〈あの物置〉の上に全人類が乗れる」と回答した事の方が賢い気さえしています

*3:この記事は9月25日に書いていたのですが。書き終わった後『けものフレンズ』のアニメ二期について、騒動が起きていると知って驚きました。自分はこのシリーズはアニメを見たのと、主題歌をよく聴いているぐらいだったのですが……今後、この件がどうなるか、非常に気になっています

*4:ここに関しては〈感性〉や〈感覚〉〈感情〉〈本能〉のような〈理性以外〉を〈理性〉と両立させることで、より答えに近づけるのではないか? という希望的な考えもあります

*5:最近〈人〉というのは空想の産物で、我々は所詮ヒトという獣にすぎないのでは? とも思っていましたが、ついに〈人〉というのは人という獣の道から外れた愚かな存在である〈獣外〉の名では? とさえ考え始めました。ただ、我々は所詮獣とすると、他者と関わるときは野生動物に関わるみたいに〈深くは関わらない〉となったりするので、案外まともな人付き合いができるかもしれません

*6:そもそも生物としてのヒトが持つ事ができた群れの人数を超えた集団の、すべての構成員の事を考えるなんて、ヒトにできる気がしていません

*7:ちなみに僕が人類は存続するべきか? と疑問形で考え、存続しない方が良いと割り切っていないのは、人類の存在という巨大なものに対して、僕自身があまりに無知無力であり、回答できないからです

*8:自殺ほう助や安楽死はどうなるのか? というと今度は「殺人が悪いことなのは社会のルールだからです」という話になります

*9:Wikipediaだとチベット仏教と日本の密教ガネーシャ由来のものがあるとあり、タイでは〈信仰されている〉とはあるものの、仏教としてかは書かれていませんでした

*10:多分、最初に自分にあった不満は〈哲学的な思考由来のもの〉ではなくもっと感情的なもので、おそらく自分みたいな〈悲観的価値観〉や、あるいは〈東洋的価値観〉を〈良くないもの〉あるいは〈わからないもの〉という風にしか書いていなかったからだと思うのですが。その後「こんな素人に指摘されるようなミスをしておいて、なんで本を出せるんだ?」というレベルの意見に変わったという……