麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

今日は二つの話題だけ

恋愛とヒトという獣と

こんなこととか考えてまして

 今日もまた肩と首が痛く。しかも小説書いたりしているので。

 ……体調はあまりよろしくないです。が、まあ、ちょっとぼんやり考えていたことを。2つだけ。

 

 一つ目。僕の前から考えていた理想の恋人のイメージと、今考えている結構明確な恋人像が一致したことです。

 

 僕は前から「恋人と僕は、おそらく対称な存在」「何かの価値観を核として逆に進んだような関係」「恋人が高みを、自分が深みを目指すような感じ」「人類の未来をかけて、永遠に戦い続ける宿敵にして好敵手」というイメージを持っていたのですが。

 

 最近の僕の「人類存続する限り、苦しむ人の数は増えるから、人類は滅亡した方が良いのではないか?」という価値観を考慮するとそれは。

人生には苦しみが溢れている。誰かが苦しむのを放っておけない」までは一致し、しかしここでだが人類は存続させたい」と考える者つまり僕の敵〉こそが理想の恋人ではないかと思うようになったという事です。

 

 いや、恋人でなくてもそういう価値観の人とは会いたいですが。

 仮に恋愛対象として付き合うのなら最低でも「世界には苦しみが溢れている。誰かが苦しむのを放っておけない」までは共通のものとしたいかと。

 

 これ、あくまで最低条件で。

 これだったら絶対付き合うとか、そうでもないのですが。

 

 ただ、いくつか補足すると。例えば「人生は幸せだ」とか「他人が苦しんでいても関係ない」みたいな人とは付き合いたくないし。

 また「人類は存続するべきだ」で断言し、それ以上考えることを放棄している人間ともやはりうまくは付き合っていけそうにないので。

 永遠に、答えが出ないかもしれない〈人類を救う方法〉を考え続ける人と付き合いたいという形です。

 

 そういえば、以前何度も。友人などに。

「彼女ができないのは、高望みしているから」という指摘をされましたが。

 こういう意味で〈高望み〉していると、いったい誰が思っていたかは疑問です。

 というか、僕自身は「世界人類を救うために」ぐらいは本気で考えているのが普通だと思っていたので。

 むしろそれを〈高望み〉だとは思っていなかったという……。

 

 二つ目。前回の哲学の本の感想で触れた我々は人ではなくヒトという獣では?」という疑問に関して。

 今後僕は精神的には〈ヒトという獣〉として生きていこうかと思っています。

 

 というのも、私程度が〈人〉あるいは〈人間〉を名乗るのはおこがましいのではないか? というのがまずあり。

 そもそも、誰が私を〈ヒト〉ではなく〈人〉と証明できるのか? という話で。

〈ヒト〉に関しては生物学で決まっているからまだ証明できそうだが。

〈人〉については曖昧過ぎるので、その曖昧な概念である〈人〉であると私を証明するのは困難ではないか?

 というのもあります。

 

 ちなみに、法的に〈人〉例えば人権が与えられる存在がどう定義されているのかが気になっていますが。

 仮に定義されていたとしても、それは「法律としては人とはこうである」という事であり、思想や哲学的な意味で「人とは何か?」ではないと思います。

 

 まあ、僕が人ではないとして人権を奪われたとすると、僕の方も人間が対象の法律を守る必要性がなくなるので、例えば税金を払わないで済むとか、色々ありますが。

  そしたら「世にも珍しい法的に人ではないヒト」として誰かのペットかなんかにでもなってやろうか……と思っています。

 

 で、次に獣だとかいうと〈文明的なものを使っている〉とかそういう批判が来そうですが。

 ヒトという種の特徴として〈道具を使う〉〈社会という名の群れをつくる〉〈言葉を使う〉などがあるので、他の動物を真似しなければならないというのはないです。

 また、例えば格闘に関する身のこなしも。

 野生の生物と考えたら無意味な動作は減りそうなので、むしろ武術の達人みたいに無駄のない動きになるのでは……とも考えられます。証明はできませんが。

 

 という事で。

 あくまで僕が自分を〈人ではなくヒト〉としているのは精神的に「人間だといって、他の存在より優れていると思っているのはどうなのか?」という価値観を意識するためであって、それ以上の意味はないという事です。

 その意味が結構大きいかもしれませんが。

 が、まあ、文脈上違和感も出ると思うので、今後も例えば「私という人は……」とか使うこともあると思っています。

 

 その辺りの細かいことは……ご了承ください。