麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

死後について3つほど

死後の世界と現実的な話

遺言めいた事でもある

 昨日、Twitterや見ていたテレビの話題で3つほど死後に関わる別々の話題が上がったので。

 ちょっとそれについて書こうかと。

 

 ただその前提として。

 僕は「実在が確認できず、論理的にも証明できないことについてはあるともないとも言えない」というスタイルで。

 なので、そもそも今回の話題のうち大半は「そういう考えもある」であり、死後の世界の肯定でも否定でもないという事は書いておきます。

 

 で、最初に。まず、仮に死後の世界があったとしたらどんなものかという話。

 僕はおそらくは〈螺旋型の輪廻〉*1に近いと思っています。

 

 ただ、その説の大枠として、そもそも「すべての人が死後、あるいは前世まで同じ魂の在り方をするのか?」というのがあって。

 我々に共通しているのは精々「物質世界*2での生死」までではないか?

 というのが僕にはあるので、あくまで今回のは〈僕の死後の世界〉でしかないのですが。

 

 僕の場合は「死後、あるいは前世も〈大体同じ〉人生を送っているが、前世の影響が〈感覚〉的にあり、何か重大な問題が前世で発生していた際は〈直観〉によって回避あるいは対策ができる。ただし、本人も回避や対策したと意識はしていないことも多い」みたいに思っています*3

 

 これ、まあ。

 自分が精神的に多大なダメージを負った20歳前後に丁度『ジョジョ』にはまっていて。

 第6部の「宇宙一巡」と第7部の「無限の回転」*4を意識した結果だとは思うのですが。

 ただ、この説だと「この時期に『ジョジョ』に手を出していた」こと自体が「無意識の危機回避」にもなるので。単なる「フィクションの影響」だけでは否定ができないという。もちろん肯定もできませんが。

 

 ただ、実は僕自身が幼いころから「ほぼそのままの状況がおこる」というレベルの正夢を見たりしていて。それにも影響されています。*5

 しかし、正夢は「脳が今の現実からありそうな状況を予測して見せただけ」とかあるいは「デジャヴのようなものを〈夢で見た〉と実際には見ていないのに解釈した結果」ともいえるのですが。

 

 理屈はともかく、実際に見てしまっているのだから仕方がないという。

 まあ「幽霊を信じない人の前に幽霊が現れた」みたいな話で、それ以上のものではないですが。

 

 次に、死後の世界があるかないかは置いておいて。

 仮に無いとしたら「人間は〈天国〉と〈地獄〉どちらを先に考えたかという話。

 あるいはあるとしても「どちらを先に意識したかという話で。

 

 この場合の〈天国〉〈地獄〉は神話や宗教的な用語というよりは「善良な人、あるいは普通の人が死後幸せな生活を送れる世界」と「悪人が死後苦しむための世界」的な意味なのですが。

 

 これについては弟が以前人間は死ですら赦したくない人のために、先に地獄を想定したのでは?と言っていて。

 この考えだと、生死観の話題でよく出る「無になる恐怖を逃れるために死後を想定」とは別の発想になるのですが。

 

 ただ「無になる恐怖は逃れたい。だが、悪人も一緒に逃れてしまうのは嫌だ」という発想もあって。

 ちょっと調べると、確かに神話や宗教あるいは特定の宗派によっては「天国はあるが、地獄はなく悪人は無になる」というタイプもあるのですが、結構少数派らしく。

 無になることが一番怖いのなら、悪人の死後の存在を許す〈地獄〉は必要ないのではないのかと考えると、この手の価値観が少数派なのはどうなのか? と考えています。

 

 これに関して漫画の『DEATH NOTE』を思い出しまして。映画は見ていないのですが。

 あれ、デスノートを使っても死後の世界はなく、無になるだけというのは、別段恐怖ではないような……と思っています。

 

 というか夜神月、天才みたいなキャラとして描かれていましたが。

 目の前に死神やデスノートと言った「論理的に説明できない存在」がいながら「死後の世界はない」と即決断を出したのは果たして賢いのか……。

 というのもあります。

 

 ちなみに、軽く調べたら「デスノートで殺した数だけ、同じ死を追体験する」という二次創作もあるみたいですね……。

 ただこれだと、この設定を知った上でデスノートで人を殺す際に死因を「豪遊ののち安楽死」などと書けば、殺すだけ楽しめてしまうのですが。

 

 とまあ、死後の世界に関してはこの辺にして。

 最後に、現実に自分が死んだ後どうしてほしいのかという話。

 

 自分が10代、20代で母親や友人が亡くなっていることもあり、20代ごろから「遺言書」は書こうと思っているのですが。

 どう書いてよいものか悩み、現在(2017年10月4日)まだ書いてはいません。

 

 が、いくつか挙げるとしたら。

「生前は許可しないが、死後はネタ帳と日記帳、制作途中の作品までは見ることを許可する」

「コレクションなどはとりあえずは家族が保管し、家族がいらないものに関しては欲しい人に譲ってもらう」

「いわゆる地味な葬式は行わず、服装も自由な身なり(派手なものも可、むしろ歓迎)で来てもらう」

「お墓は本当なら欲しいが、いらない。先祖の墓に入るのは拒否する」

 あたりになります。

 

 ネタ帳、日記帳あるいは制作途中の作品はデジタルのものも含めますが。

 本当に見られたくないものはパスをかけておこうかと。

 

 コレクションに関しては、弟とほぼ趣味を共有しているのでとりあえず弟に任せたいというのがあります。

 逆に「生前好きだったものとともに埋葬あるいは火葬」みたいのは貴重な品が台無しになるのでやめていただきたいかと。

 

 葬式については冠婚葬祭のうち現代社会だと精々成人式だが現代社会ではお飾りで、しかも僕は参加していない

 また、には入学祝就職祝も入るらしいが、大学は1年で中退、専門学校も精神病んで中退、結果就職もできていないから縁がない。あるいは祝ってもらっても意味がなかった。

〉はこのままだと思想的理由もあるし、そもそもモテないから挙げることがない。〈〉の主役になることもないと思うので。

 

 せめて唯一、扱いの上では主役である〈〉ぐらいは好きにやりたいという事です。

 まあ、このためには悲惨な死に方をしないように気を付けないとならないので、当面死ぬわけにはいかないのですが。

 

 お墓に関して。

 自分自身が偉人のお墓に行ったりする所謂〈墓マイラー〉ではあるのですが。一方で自分を墓に埋葬されるだけの〈人間〉だと思っていない

 また、母親の一件があるのですでに母が埋葬されている先祖の墓に入るのは拒否したい*6とも思っているので、お墓はいらないという事になります。

 

 強いて言えば「自分のような悪人を封印するための場所」あるいは「自分が世界の邪悪を背負った際に、封印されるための場所」としての墓(あるいは塚?)なら必要かもしれませんが……そういう感じです。

 

 と、まあ。

 現在は「人あるいはヒトとは何か?」の本を読んでいますが。

 死後を意識するのもヒトの特徴らしいので、今回はそれもあって書いてみたというのもあります。

 まあ、意識するのが優れているかはわかりませんがね。

 

(に、しても首と肩が痛くて、吐き気までするのですが……)

*1:この場合の〈輪廻〉は仏教的意味よりはニーチェの〈永劫輪廻〉に近い意味です

*2:大体、世間でいう〈現実世界〉と同じですが。〈現実世界〉というと死後は〈非現実〉という意味にも思えるので、こう表記しています

*3:最近はどちらかと言えば「思っていた時期もありました」に近く、今後どうなるかはわかりませんが

*4:ジョジョ』を知らない人に説明すると、第6部ではほぼ同じ世界(宇宙)を繰り返すという話が、第7部では黄金長方形による対数螺旋がそれぞれ重要なテーマになっていて。その辺りからの発想となります

*5:ちなみに、正夢の〈続き〉が悪い感じだった場合、意図的に〈夢と違うこと〉をする場合が多いです

*6:前までは、一応家族の付き合いでお墓参りに行っていましたが、今はこの事もあって行っていません。埋葬されている方の中で唯一面識があり、母の死後に面倒を見ていただいた祖母には申し訳ないとは思うのですが……仕方がありません