麦粒雑記

麦粒(ムギリュウ)が日々の出来事をあれこれ綴るブログ。

『絶望読書』を読む

絶望が俺のスタートだ……

地獄よりも地獄的な人生において

 前回、散々書いたサイトを読み直していてヴェルディ運命の力』の初演バージョン」を知りまして。

 僕は音楽にはさほど詳しくないので、その存在を知らなかったのですが。

 自分が書いた『人類への復讐者』に共通するものがあるので、再びこの作品を紹介しておきたいことと。

 僕自身も「人類など滅亡しろ」と頻繁に思っている*1ことは伝えておきたいかと思います。

 

www.pixiv.net

 さて、今日はこの前読んだ絶望読書 苦悩の時期、私を救った本について。

 自分は絶望のようなものを描いた作品も相当好きで。というのもまあ、こんな人生を送っていて、現在も精神に問題を抱えて無職なので。

 共感できるというのもあって。ただ、今は単に「絶望的な展開で終わり」というよりは「怒りや憎しみで立ち上がり、絶望の原因を倒す」というような。

 一般的には〈負の感情〉とされるものを肯定、あるいは受け入れるような作品が好きですが。

 

 ただ、絶望的な内容としたら例えば僕は夏目漱石なら『門』とかが好きですね。

 特に彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかったあたりは。

 自分自身も「家族を苦しめてまで生まれ育つ必要性があったのか?」というところから「何故自分は生まれて、そして生きているのか?」を考え続けているので、非常に共感ができます。

 

 で、この本で気に入った個所を上げると。

 まずは自分が知らないあるいは知っていたけどあまり手を付けていなかった人物について書かれていて。それを知ることができたことで。

 特にキルケゴールについては哲学の本でそれなりには触れていたのですが、彼自身についての本や、彼の本は読んだことがなかったので読んでみたいかと思っています。

 まあ、それを言うとショーペンハウアーあたりも読んだことがないのですが。この本では触れていなかった気もしますが*2

 

 それと本では落後にも出てくる一休さんの言葉として地獄に行って鬼に負けるなというのが紹介されていました。

 調べたところ元々は一休宗純の言葉とされる「悟りなば坊主になるな魚食え、地獄に行って鬼に負けるな という言葉らしく。

 

 一休さんが当時の仏教界を批判したりもしていたとはいえお坊さんなので六道輪廻の地獄にも思える一方「この世という地獄で鬼のような奴らに負けるな」という意味にも解釈でき。

 さらに奇麗事的に考えれば「自分の心の鬼に負けるな」であり。

 しかしそれだと「心に鬼がいること」は肯定していて、しかも倒せとまでは言っていないので、その力を使っても構わないのかもしれない。

 実際、仏道に帰依した鬼というのもあるので、そんな気もする。

 

 と、勝手な解釈ではありますが、色々考えさせられる言葉です。

 

 また、僕は皮肉系の笑いや、ブラックユーモアは好きなのですが。 

 あまり落語にはなじみがなく。一方、小説の書き方などの本で紹介される〈三題噺〉などは落語が元なので、近いうちに落語に手を出そうかと思っています。

 

 それと夢は叶う」の危険性に関して。

 僕はまあ仮面ライダー555夢ってのは呪いと同じなんだよ。 呪いを解くには夢をかなえなけりゃならない。 でも途中で挫折した人間はずっと呪われたままなんだよというのが好きで。

 自分自身としては夢はいつか叶う。か、叶う前に死ぬ。だが、死んでから叶うこともあると思っていて。

 夢を追う運命を選ぶならこの辺りは覚悟した方がいいかと思っています。

 

 あとは悩みを打ち明けられる側の人は、他人に悩みを相談できないという内容。

 これには2つ思い出があって。

 

 一つは、予備校生時代に周りの予備校生から「麦粒さんって癒し系だよね?」と言われたことがあり。

 僕はまだその当時は受験で鬱にもなっていなければ、友人も生きていましたが。一方、母はとうの昔に亡くなっていたりした状態で。

 

 ところが、そういう悩みを「相手を傷つける」として隠してきたので、一方的に悩みを言われ続けていただけで。

 そこから「癒し系キャラとか、ペットみたいな動物は、本人自身は他人の負の感情がドンドン溜まっていって辛いだろうなぁ」と思ったというのがあり。

 

 もう一つは、以前働いていたバイト先をストレスで休んだ際に。

 他のバイトの方から「悩みがあれば相談に乗るよ?」と言われたので、家庭問題や精神問題などを話したら。

「私だって忙しい! あなたを助けている暇はない!」と説教されたことがあり。

 度が過ぎた悩みは、相談するだけで相手から非難されるものなのだ……と。

 

 まあ、家庭問題で言えば。

 僕は自分が生まれたのが間違いだと思っているために、そのあとに続く〈自分の子供〉を精神的に持てないので。

〈家族を持てない〉という辛さはわかるのですが。身体的には持てる(子供をつくれる)ため、きっと周りも本気にしないだろうなぁ……とも思っています*3

 

 まあ、こんな感じで。

 色々影響を受けた一冊でした。

 

 最後に。話題は変わりますが。

 次回の12月5日にある作品展用の作品がこの日6枚すべて完成したことを報告しておきます。

 

cococara-minamiaoyama.jimdo.com

 こちらで紹介されている「細 密 な、 関 係 性。」-細密画 12人展-」になります。

 実のところ、描いている真ん中あたりの時期が精神的にかなり危なかったので、今回は宣伝などに使われている作品のみにして、他は展示しない予定さえありましたが。

 何とか持ち直して完成させたので、是非、よろしくお願いします。

 

 ちなみに、展示する作品は。

 すでにpixivに載せてあるこの2枚に加えて、新しいのが4枚になります。

www.pixiv.net

www.pixiv.net

 ただ、タイトルは余程こだわりがないと案外適当につけているので。

 この2つに関しても「無題(仮)」となっています。

 

 が、この(仮)が問題で……まあ、それについては後日説明するので、よろしくお願いします。

 

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まあ、今はやや方向性の違う作品を描いているんですが。

*1:目的は〈誰も苦しまない平和な世界の実現のため〉であり、憎いから皆殺しみたいなのとは違いますが

*2:少なくとも最後の参考文献などにはなかったのですが、僕の見落としならすみません

*3:そもそも〈新しい命〉を創ることに抵抗がある事と、でも家族は欲しいという事の2つで悩むという状況がわかってもらえない気もしています。まあ、単に結婚して夫婦二人で生活するか養子をとる、あるいは自分が養子になれば良いのでしょうが……精神病んでいて結婚やら養子やらというのもまた……