Eternal Medium Second Chaotic Room

ただの中二病だと思うなよ!!

『マイティ・ソー バトルロイヤル』を見る

 

といっても、この記事を書いているのは……

既に見てから2か月半後という

 さて、この日は『マイティ・ソー バトルロイヤル』を見に行きまして。
 
 実際は三本映画を一気に見たかったのですが、地元の映画館は木曜がメンズデーですが、明日はファーストデーなのでそれでも料金が安い事。
 また、三本見てから帰ると夕食が作れないことが今日は一本にした理由です。
 
 で、この先ネタバレがありますが。
 この記事自体を書いているのは2018年の2月19日で。
 当時メモ帳に書いておいたのを編集しているので……そんなに気にされないかもしれません。
 
  さて、この映画のテーマとして、僕が感じたのは。
受け入れるか、否かで。
 
 敵である死の女神のソーの姉ヘラはアズガルドの歴史に封じられた存在。
 ソーを助けたヴァルキリーは過去の闘いを受け入れられておらず。
 
 またブルース・バナーとハルク……と、表現するべきなのかはともかく、彼(等)はお互いを受け入れられていないという……。
 
 しかもこのハルクは、物語の舞台であるサカールにおいては強い戦士として受け入れられており。
 一方、ソーはブルース・バナーとハルク、両者どちらに対しても都合の良い事を言ういう……。
 この辺りも含めて、「受け入れるか、否か」がテーマではないかと感じたのですが。
 
 個人的に。
 どうも世の中、何かを受け入れるとしながら単に「自分の都合の良いもの」だけを受け入れているのに。
 あたかもその全てを受け入れているようにふるまう人がいるのが気になっていて。
 
 例えば人間は素晴らしいとか言いつつ。
 負の感情とされるようなものや、暴力性などのマイナスに思えるものは切り捨てるというのは。
 それは自分にとって都合のいい人間は素晴らしい」であって、人間そのものを受け入れてはいないよなぁ……と。
 
 で、この映画の場合
 自分が抱いた感情や、暴力性、あるいは過去の戦いなども受け入れたり。
 あるいは土地として滅びることは受け入れ、民を護ったりと。
 
 自分がマイナスだと思っているものも受け入れた者が先に進むというような感じに思えました……と、言っても。
 先に書いたように、この記事を書いているのが映画を見てから2か月半以上後なので。結構曖昧ですけれども。
 
 ただ。他にも。
 
 最初から時と場合によって意見を変えることがわかっているロキと。
 ブルース・バナーとハルクそれぞれに対して意見を変えるソーは。
 果たしてどっちがマシなのかとか。
 
 ブルース・バナーとハルクは、記憶は共有していないみたいだけれど。
 同じ身体を共有しているから感覚的に共有しているというのは興味深いとか。
 
 そういうのを感じていた……というのはありますね。
 
 と、まあ。
 見ていた映画の感想を2か月以上たってから書くのもどうかと思いつつ……書いておきました。
 
 ただ、この時期は非常に忙しかった上に、精神的にも追い詰められていたので。
 仕方がないかとは思いますが……。
 
 今後はなるべく早めに書きたいことは書こうかなぁ……と。
 
 そうしないと、自分自身が映画の事を記録できないというのもあるので。